atelier MISAKI

                 


                           いままでのこと



 聞かれることがありました。
何を表現しているのですか?なぜ描くのですか?何を伝えたいのですか?….。

そんな時は端的な言葉など見当もつかず度々沈黙したものでした。 このサイトを作っていただいた時も作品だけをのせて満足していたのですが、大切な友人からこんな内容のメールをもらいました。確か、「絵だけでは伝わりにくい。軽く見える気がする。いつも大事にしていることとかちゃんと説明したほうがいいと思う」というような内容だったと記憶しています。  嬉しくも面目ない気持ちになり早速この機会に書かせていただくことに致しました。



さて唐突ですが、たとえばこれまでの人生の中で絶望の経験を上げなさいと言われたら皆さんはどうでしょうか。 すぐに思い当たらない人もいるでしょうが、私にとってその最初の訪れは高校生の頃だったと思います。

 私はごく普通の家庭に育ち、ごく普通に気の合う友人と出会い、“絵を描く”という好きなことを見つけたのも小学生の頃と比較的早く、特にこれといった悩みもありませんでした。 毎日「幸せだ、幸せだ」と公言していたくらいだから、きっと周りからしたら煙たい子だったに違いありません。 とにかく、のんきだった。

 けれどもそんなある日、全く予想もしない疑問が突然心に落ちてきたのです。

「人は何の為にこうして生きているの?」
「死んで全てが終わるとは思えない…仮にそうだとしたら何故わざわざ生きているの?」
「何かがおかしい、神様なんているのか知らないけれど、なぜ私はこんなに神様から遠く離れてしまったように感じているのかしら」と。

 これはまさに絶望と言えるものでした。
 気がつくと、確かにそこにはほとんど固体のように感じられる苦しみがありました。

 世界が何故このようになっているのかわからず、その答えをどう見出せば良いのかわからないのだから、それは相当な一大事…ふいにそのまま底なし沼に落ちて行きそうになりましたが、絵を描くことで持ちこたえ、大学に入る頃にはなんとか落ち着きを取り戻しました。
それはひとえに高校の学業・クラブ活動のダンスに加え、美大受験に向けたデッサン・油彩画の猛特訓という超多忙な日々のおかげと言えるでしょう。

 美大に入ると好んで友人と共にいろいろなことをじっくりと考える時間を過ごすようになりました。
時には交換ノートなどを使って”自分とは何か”を探求したりもしたものです。真剣でした。

 だけれども結局、
「自分というのは体ではないようだけれど、仮に意識だとしてもそれはこの世界で憶えたことや感じたことでできているようだ。憶えたこととはそもそも一体何なのだろう…意識とは何なのだろう。ということは、私はなんだかわからない外側のものでできているということになるの?そんなことで私は私を私と言えるの!?」…ということで完全にお手上げでした。

 その後十数年、答えを探しているのか、正しい方向を探せているのか、はたまた探したところで見つかるのか全くもって分からない謎な年月を重ねることになります。
様々な分野の本を読み、絵におけるより高いインスピレーションを求め、食事を菜食に変え、断食をし、瞑想をし… そうこうしているうちに、そのさ迷いぶりを見兼ねたのか、またある時疑問がふと心に浮かんできました。

「この地球上で私にとって最も美しい生き方をしている人は誰だろう? その人ならきっと何かを知っているはずだ。」

 まずはその人を過去の聖者に定め、パラマハンサ・ヨガナンダ、聖者の中でも最上級といわれるラマナ・マハルシ、世界の多くの人が認める聖者と呼ばれる人達の本を読んでいきました。しかしそれでも確信と納得がいきませんでした。最終的に私が行き着いたのは「奇跡講座」(A Course in Miracles)や「神の使者」(The Disappearance Of the Universe)などの純粋な一元論の教えの書かれた本でした。本の邦題が残念ですが…。
とにかく高校の絶望から17-8年後、ようやく何やら答えが得られるかもしれないという希望に出会ったことになります。その喜びに思わず本を抱えて涙した程でした。

 本を手にしたその日から1日でも早く真実を知ろうと必死になっていきました。
知りたいという気持ちはこれ以上ない程膨れ上がり涙に咽んだり気を取り直したりした日々は、まるでスローモーションのようにノロノロとしてもどかしく大変な抵抗感がありました。

 豪雨に向かって歩くようにして2年程した頃、以前よりは穏やかな気分になることも多くなりましたが、やはり目指すものと自分の位置のギャップは凄まじく、以前なら気にもしなかっただろう小さな恐れや苛立ちが自分の中に湧く度に自己嫌悪し大きく落ち込みました。
知識を得ても何も変わらない。長期に渡る実践がなければならないのです。天にも登るような気持ちと地獄に叩き落とされるような気持ちを行ったり来たりする”二元性の世界”、教えを知る前にもあった”天国と地獄”が見事に自分の中にありました。
 
 このような有様でしたが、本や導きに小指でどうにか引っかかり霧がゆっくりと晴れるように最悪な状態からは少しずつ這い出てきたという感じです。

 聖賢方の教えの行き着くところは「神は在る、その他のものは何もない」ということなのかと、「何も起こらなかった、分離は起こらなかった、神はこの世界を作っていない、知覚する全ては存在さえしたことのない夢のようなものなのだ」「心の訓練によって自我を解体し真実を思い出すことができるのだ」と、20年間の「なんなんだ?」が「そうなのか…」とひとまず得心がいったのです。

ラマナ・マハルシの”現象の世界に幸せなどあった試しはない”というのも、ニサルガダッタ・マハラジの“世界に苦しみはない”というのも、どちらも真実だったのだと理解しました。




 今も、難解な文章でありながらシェイクスピアのように美しい形而上学の最高傑作「奇跡講座」を染み込ませる努力をしながら日々学んでいます。
その純粋な一元論の教えはシンプルでも、実践はとてもとても難しい。
自我という相手はなかなかに曲者ですし、長い道のりに圧倒されますが、それでもここに寛ぎたいとも思うのです。
誰もが皆すでに終わっている旅の中なのですから。
いえ、旅をしたことさえないというのですから。

「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ、私の念願するものなの です。」
私淑する上村松園の言葉です。
”絵に感化されて邪念が清められる”との理想をお持ちだったと読んだことがあります。ひれ伏す思いです。

先人の輝く姿勢を胸に、どうか少しでも澄み清まってゆきたいものです。
 祈りのように絵に向かい真理と共にあることで。


                                               佐藤美沙紀